―― 生活そのものが、すでに礼拝だった ――

目次

  1. ワーシップができなかった日々から

  2. 祈れない時間は、信仰の失敗だったのか

  3. 作業机の前に残っていたもの

  4. 整えられなかった生活が、主の前にあった

  5. 「生活そのものがワーシップ」という気づき

  6. ともペン工房ワーシップクラブという名前

  7. この場所が伝えたいこと

  8. おわりに ― すでに始まっていた礼拝へ


1. ワーシップができなかった日々から

「礼拝ができていない」
そう感じる時期が、私にはありました。

教会に行けない。
祈りの言葉が出てこない。
賛美を歌う気力もない。

信仰から離れたわけではないのに、
礼拝の場には戻れない。
その状態が、長く続いていました。

その頃の私は、
自分の生活を
「礼拝とは無関係な時間」だと思っていました。

2. 祈れない時間は、信仰の失敗だったのか

祈れない時間は、
信仰が弱くなった証拠なのだろうか。
礼拝できない自分は、
どこか間違っているのだろうか。

そう自分に問い続けながら、
答えは見つからないままでした。

ただ一つ言えるのは、
祈れなかった時間も、
生活は続いていた、ということです。

3. 作業机の前に残っていたもの

祈れなかった夜、
私の生活に残っていたのは
作業机の前に戻ることでした。

木軸ペンの制作。
言葉を書くこと。
何もできないまま、
ただ座っているだけの日もありました。

逃げ場というより、
「戻る場所」だったのだと思います。

そこでは、
信仰者らしく振る舞う必要もなく、
元気なふりをする必要もありませんでした。

4. 整えられなかった生活が、主の前にあった

当時の生活は、
とても整っているとは言えませんでした。

体調も不安定で、
予定どおりに進む日は少なく、
信仰的にも胸を張れる状態ではありません。

それでも、
主の前から完全に離れていたわけではなかった。

後になって気づきました。
整えられなかった生活そのものが、
主の前に置かれていた
のだと。

5. 「生活そのものがワーシップ」という気づき

礼拝とは、
整えてからするものだと思っていました。

けれど、
整えられないままの生活の中でも、
主は共におられました。

祈りがなくても、
賛美がなくても、
生活の続きをそのまま抱えた時間が、
主の前にあった。

その事実に、
後から名前をつけるなら、
「ワーシップ」だったのだと思います。

6. ともペン工房ワーシップクラブという名前

こうした時間を、
「礼拝ではなかった」と切り捨てたくなくて、
ともペン工房ワーシップクラブという名前を使うようになりました。

これは、
新しい礼拝の形を提案する団体ではありません。

集まる場所も、
決まった時間も、
参加条件もありません。

すでに起きていた時間を、
否定しないための名前
です。

7. この場所が伝えたいこと

ともペン工房ワーシップクラブが大切にしているのは、
次のような姿勢です。

  • 無理に前向きにしない

  • 信仰を測らない

  • 回復を急がせない

  • できなかった時間を切り捨てない

答えを与える場所ではありません。
「それでも、主は離れていなかった」
その事実を、静かに受け取るための余白です。

8. おわりに ― すでに始まっていた礼拝へ

ワーシップは、
ある日突然始まったものではありませんでした。

祈れなかった夜。
整えられなかった生活。
それでも立ち去らなかった時間。

気づいたときには、
もう始まっていた。

もし今、
礼拝から遠ざかっていると感じている方がいるなら、
その時間もまた、
主の前にあったのかもしれません。

ともペン工房ワーシップクラブは、
そのことを
そっと思い出すための名前です。